今回は内山崇 「宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶」の紹介になります。
先日ポッドキャストで、JAXAの宇宙飛行士選抜試験を知り、どのような試験内容か気になり本書を手に取りました。
もともと宇宙にはそれほど興味はありませんでしたが、宇宙飛行士選抜試験というこの世で最も過酷な選抜試験には興味がありました。
そして何より、試験に受かった人物が語るのではなく、最終試験に落ちた人物が語る試験の全貌に惹かれて一気に読了しました。
著者はもともと有人宇宙開発に関心があり、宇宙工学を学び、IHIに入社。
その後、JAXAへ転職し、技術者として宇宙開発に従事する立場にいました。
そんな中で、JAXAが宇宙飛行士の募集を行ったことで、著者の人生が大きく動き出します。
著者の挑戦は最終的には不合格に終わったものの、後から振り返ると非常に価値あるものとなっていました。
本書の見所
本書が面白いのは、宇宙飛行士選抜試験内容の奇抜さと、他では決して見られない受験者同士の絆などが随所に見られる点にあります。
また、ファイナリストという立場から語られる体験談は、読者にも大いに役立つものとなっています。
著者は、この試験を以下のように振り返っています。
選抜試験は本当に楽しかった。そして、刺激的で初体験のオンパレード。
得られたものは果てしなく大きかった。
挑戦しなかったら出会うことができなかった、たくさんの同志と出会い。
すべて、僕の人生の財産だ。
心の底から挑戦して良かったと思う気持ちは、12年前から今まで、変わったことはない。
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
最終合格できなかったにも関わらず、このような感想を抱かせるこの試験を通じた気づきは、非常に興味深いものとなっています。
以下、個人的に印象的だったシーンを抜粋します。
受験者同士の絆
受験者の経歴は様々であり、著者の経歴が霞むほど皆優秀で輝かしい経歴を持っています。
その上で、今のキャリアを捨ててでも、足を踏み入れたい魅力が宇宙には、有人飛行にはあるということです。
そのために、皆全力で試験に臨むわけですが、皆ライバルでありながら他人を蹴落とすような関係にはなりません。
お互いがお互いの能力の高さや人格を認め合い、宇宙開発を進めたいと願う同志として共感しあっていると言います。
共に二次選抜を戦った仲間たちは、自分の夢を僕たちに託し、心からの応援メッセージをくれた。
相手を蹴落として勝ち上がるような競争では決してなく、同じ戦いに挑んだ仲間という意識だった。
これは、受験者みんながそう思ったと断言できる。そういう不思議な力がこの選抜試験にはあった。
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
印象的なシーンとして、最終合格が決まった時に、合格した同志を心から祝福している場面があります。
なぜ最終合格が自分ではないのか、なぜあいつが選ばれるのか、といっった感情は全く見られません。
自分が選ばれなかったことは悔しいが、相手が合格したことに対して、100%納得しているということです。
それほどまでに、受験者同士の性格や内側が分かる試験でもあり、自分自身が曝け出される試験ということなのでしょう。
宇宙飛行に必要な8つの要素
メディアとして初めて宇宙飛行士選抜試験を密着したNHKは、この試験のことをこう表現しています。
「どんなに苦しい局面でも決して諦めず、他人を思いやり、その言葉と行動で人を動かす力があるか。その『人間力』を徹底的に調べ上げる試験」
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
試験やその後の活動で宇宙飛行士に必要な要素として以下の8つが挙げられています。
①専門性(軸) ②オペレーションスキル
③言語スキル、④チームスキル
⑤精神力、⑥健康・体力
⑦人間性、⑧啓発啓蒙活動の素養
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
この中で、「啓発啓蒙活動の素養」という、見慣れない用語が登場します。
本書では下記のようにこの素養について語られています。
選ばれし人間だけが許される宇宙飛行、それができるのが宇宙飛行士だ。
そこで得られた経験を、広く国民に伝える義務がある。
特に、将来を担う子供たちに夢と希望を与え続ける存在であるべきだ。
そのためには、伝える技術はもちろんのこと、宇宙に限らない広い視野を持ち、高い視座から物事を語ることができる素養が必要だ。
こういった活動を心の底から楽しめることも重要だ。
キラキラした憧れの瞳で宇宙飛行士を見つめる子供たちの創造力を、大いに刺激することができる魅力あふれた存在でありたい。
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
宇宙飛行士は、子供が憧れる代表的な職業の一つです。
自信が宇宙に行くだけでなく、それを通じて子供にとって魅力的な存在であり続ける必要があるというのは、確かに宇宙飛行士にとして重要な要素だと思います。
たとえ、宇宙飛行士になったとしても、その後も自分を進化させるために努力を重ねていかなければならないということです。
全力で挑むということ
このような過酷な試験に著者は挑みますが、試験を下記のように振り返っています。
全てやり切った。もちろん全項目が大満足の出来というわけではなかった。
失敗もあった。しかし、その時その時のベストは尽くしたと胸を張って言える。
やれるだけの準備はして試験に臨んだし、一つ一つの試験で自分の力は出し切った。
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
このように、自分のベストを出し切ったと果たしてどれだけの人が自信を持って言えるでしょうか。
少なくとも私の身の回りでは見たことはありません。
10人が同じ条件で、これほどあらゆる角度から隅々まで試験し尽くされたら、調子がどうだったなど言い訳のしようは一切ない。
僕という人間の中身全てが曝け出され、宇宙飛行士に必要な素質が備わっているか、伸び代(ポテンシャル)要素も含め、選抜するために必要なデータは揃えられた。
あとは、JAXAが選ぶ宇宙飛行士候補者に、僕が入るのか入らないのかだけだ。
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
そこまで全力を出し切れた試験であれば、結果がどうあれ受け入れられると著者は言います。
全力で試験に臨み、受験者の隅々まで試験し尽くされたのであれば、自分の全てを見た上で宇宙飛行士としての適性を判断してくれたと思ったということでしょうか。
これらのことからも、宇宙飛行士選抜試験が相当に過酷な試験であることが分かります。
全体を通して
本気で挑戦した結果の失敗には意味がある。
これが、この本を読んでの率直な感想です。
巷には成功体験が溢れていますが、これは本気で挑戦し、失敗をした人の物語です。
だからこそ、深く共感できる内容になっています。
宇宙飛行士になれなかったこと自体は残念なことではありますが、著者はかけがえなのない財産を手にしたと言います。
もう一度受けたかったくらい刺激的で楽しかった選抜試験の思い出、長く辛く苦しい思いを引きずった経験、この挑戦で出会えたたくさんの同志、それら全てがぼくの人生の財産となった。
選抜を通じて出会った仲間たちとは、今は別々のことをやっているように見えたとしても、今後またさまざまなシーンで交わることもあるだろう。
その時には、きっと化学反応を起こし、新しい楽しいことを生み出してくれるに違いない。
根っこでつながる同じ夢を持った同志なのだから。
引用元:内山崇『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
かつて、これほどまでに本気で挑戦したことがあっただろうか。
もう悔いはないと思えるほど、自分の実力を出し切ったことがあるだろうか。
本書はそんなことを考えるきっかけとなりました。
これほどまでに大きな挑戦はこれから難しいかもしれませんが、やりたいこと、成し遂げたいことを徹底的に追求しよう。
そう思える良書であり、何かに挑戦したいと思っている人に贈りたい一冊でした。
コメント